124 研究領域の現状
信 定 克 幸(准教授) (2004 年 6 月 1 日着任)
A -1) 専門領域:分子物理学,理論化学
A -2) 研究課題:
a) 電子エネルギーの散逸を考慮に入れた電子状態理論の開発 b) 半導体ナノ構造における励起子ダイナミクスの理論 c) 電気化学反応の理論
A -3) 研究活動の概略と主な成果
a) 表面吸着系の電子物性や電子・核ダイナミクスを分子レベルで理解するためには,吸着種と表面の間で起こる電子 エネルギーの散逸を正しく記述することが必須である。従来の表面吸着系に対する一般的な計算方法としては,表 面を有限個の原子から構成されるクラスターで近似するクラスターモデル計算が良く知られている。しかしこのクラ スターモデル(C C M)では,本来半無限系である表面を有限個の孤立クラスターで近似してしまうため,実際の表 面には存在し得ないクラスターの端(もしくは境界)が存在してしまう。この人工的な端の存在が波動関数に非物理 的な境界条件を課してしまい,間違った結果を導き出す可能性を含むという致命的な問題を抱えている。そこで我々 は,吸着原子と金属表面との間で起こる電子エネルギーの散逸を考慮に入れた新しいクラスターモデル(OC M)理 論を開発し,貴金属表面吸着種の光誘起振動励起過程の核波束ダイナミクスの計算を行った。OC M 理論に基づいて 表面吸着モデル系に対する断熱ポテンシャル曲線を描くと,吸着種由来の電子状態と表面電子状態が透熱的に分離 しており,少数の透熱ポテンシャル曲線が系のダイナミクスを支配していることが分かった。実際に少数の透熱ポテ ンシャルを抜き出し,そのポテンシャル曲線上で核波束ダイナミクスの計算を行い,表面吸着種の光誘起振動励起メ カニズムの解明を行った。特に光励起後に引き起こされる吸着種のコヒーレントな振動運動の詳細な解析を行った。 b) 量子ドット列におけるエネルギー散逸を伴う励起子移動の理論的研究を行った。量子ドット列の各サイト間のエネル ギー移動を議論する場合,しばしば個々のサイトの固有状態を基にしたサイト基底表現が用いられる。しかし,厳密 には量子ドット列全系のハミルトニアンを対角化した固有値基底表現を使わなければならない。過去の学術論文等 で頻繁に使われているサイト基底表現は,固有値基底表現を基に低次の摂動展開の結果導き出されることを解析的 に示すことができた。また,サイト基底表現では熱平衡状態が実現しない等の物理的に奇異な結果を導き出す恐れ があることも分かった。
c) 電気化学反応を分子レベルで理解するためには,電気化学的環境下に存在する分子の電子状態を明らかにすること が必須である。しかしながらその目的のためには,反応分子と電極や溶媒との相互作用の微視的記述,電極と溶液 の間に形成される電気二重層の分子レベルでの取り扱い,更には化学ポテンシャルを与えた時の電子状態を計算す るための方法論の開発等,分子科学における主要かつ困難な問題を解決しなければならない。我々は,これらの問 題の中でも化学ポテンシャルを与えた時の電子状態を計算するための方法論の開発が特に遅れていることに注目し, その計算手法の開発を行い,実際の電気化学反応に適用した。
研究領域の現状 125 B -1) 学術論文
K. SHIRATORI and K. NOBUSADA, “Development of a Finite-Temperature Density Functional Approach to Electrochemical
Reactions,” J. Phys. Chem. A 112, 10681–10688 (2008).
Y. KUBOTA and K. NOBUSADA, “Exciton Transfer in Quantum Dot Arrays: Comparison of Eigenbasis and Site Basis
Representations,” J. Chem. Phys. 129, 094704 (7 pages) (2008).
T. YASUIKE and K. NOBUSADA, “Properties of Adsorbates as Open Quantum Systems,” Surf. Sci. 602, 3144–3147
(2008).
T. YASUIKE and K. NOBUSADA, “Quasi-Diabatic Decoupling of Born-Oppenheimer Potential Energy Curves for Adsorbate-
Metal Surface Systems,” Chem. Phys. Lett. 457, 241–245 (2008).
K. SHIRATORI and K. NOBUSADA, “Finite-Temperature Density Functional Calculation with Polarizable Continuum Model in Electrochemical Environment,” Chem. Phys. Lett. 451, 158–162 (2008).
B -4) 招待講演
K. NOBUSADA, “Vertex-Sharing Oligomeric Gold Clusters,” International Symposium on Monolayer-Protected Clusters,
Jyvaskyla (Finland), September 2008.
K. NOBUSADA, “Photoinduced Vibrational Coherent Excitation in Adsorbate-Metal Surface Systems: An Open-Boundary
Cluster Model Approach,” The 2nd International Symposium on “Molecular Theory for Real Systems,” Okazaki (Japan), August 2008.
K. NOBUSADA, “Electronic structure and electron–nuclear dynamics of molecules in contact with an electron reservoir:
Adsorbate-surface system and electrochemical system,” The 2008 Asian-core Symposium and Annual Meeting, Daejeon (Korea), March 2008.
信定克幸 , 「金属表面吸着種の光誘起コヒーレント振動の核波束ダイナミクス」, 第4回励起ナノプロセス研究会 , 和歌山 , 2008年 11月.
B -7) 学会および社会的活動 学協会役員等
日本物理学会領域1(原子・分子分野)世話人 (2003–2004). 科学技術振興機構地域振興事業評価委員会専門委員 (2005–2006). 文部科学省科学技術・学術審議会専門委員 (2006–2008).
学会の組織委員等
分子構造総合討論会プログラム委員 (2001). 日韓共同シンポジウム実行委員 (2005). 総研大アジア冬の学校実行委員 (2005–2006). 理論化学シンポジウム運営委員会代表 (2006–2008).
126 研究領域の現状 B -8) 大学での講義,客員
筑波大学計算科学研究センター , 共同研究員, 2006年 6月– .
Sokendai Asian Winter School “Molecular Sciences on Different Space-Time Scales,” “Time-dependent density functional theory in real time and real space: Application to electron dynamics in laser fields,” 2008年12月9日–12日.
B -9) 学位授与
白鳥和矢 , 「F inite-T emperature Density F unctional A pproach to E lectrochemical R eaction」, 2008年 3月, 博士(理学).
B -10) 競争的資金
奨励研究 (A ), 「ヘムタンパク質に結合した一酸化炭素分子の振動エネルギー緩和の動力学」, 信定克幸 (2000 年 –2002 年 ). 基盤研究 (C ), 「ナノメートルサイズの分子における多電子ダイナミクスの理論的研究」, 信定克幸 (2005年 –2007年 ). 特定領域研究 , 「エネルギー散逸を伴う電子ダイナミックスの理論と材料物性」, 信定克幸 (2006年 – ).
岩崎ファンド海外研究助成 , 「D Y NA M 2000 R E A C T IV E A ND NON R E A C T IV E QUA NT UM D Y NA MIC S」, 信定克幸 (2000 年 ).
第1回理学未来潮流グラント, 「有限少数多体系における特異な現象の発見とその解釈」, 信定克幸 (2001年 –2002 年 ). 松尾学術研究助成金 , 「貴金属クラスターの電子・イオンダイナミクスの理論的研究」, 信定克幸 (2002 年 –2004年 ).
C ) 研究活動の課題と展望
最近の実験的手法の著しい進歩により,化学組成や構造を特定した 1 ナノメートル程度のナノ構造体を生成・単離更には大 量合成することも可能になってきたが,未だそれらナノ構造体の電子物性や電子・核ダイナミクスの詳細は十分に理解され ていない。ましてやナノ構造体を利用した量子デバイスや機能性材料開発等の応用科学的研究への展開には大きな障壁が 存在する。物質自体がナノメートルサイズになってしまうことから生じる数値計算上の問題だけではなく,そもそもナノメート ルサイズの実在系ナノ構造体の量子ダイナミクス(特に光学応答)を取り扱うための理論がほとんど開発されていないためで ある。また,ナノ構造体が周りの環境と一切相互作用せずに孤立物質として存在することは通常有り得ず,常に環境との間 でエネルギーの散逸が起こっている。実在系ナノ構造体の量子散逸の理論も同様に,ほとんど開発されていない。そこで我々 の研究グループでは,基礎理学的理解を目標として,理論解析・数値解析両方の観点から,量子散逸を含むナノ構造体の 電子・核ダイナミクスの研究を行っている。ここ最近の我々の研究に基づくと,表面と吸着種の間で起こるエネルギー散逸 は厄介者ではなく,多彩な表面ダイナミクスを引き起こす重要な現象であると言える。また,ナノ構造体特有の局所的な構 造と光との相互作用を理解するために,特に近接場光励起による電子・核ダイナミクスの理論的解明を予定している。